50話 毒子の生い立ち 10(まとめ)

毒子の生い立ち
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前の記事のつづき)

ざっと書きましたがだいたいこんな生い立ちです。
やらかしはしましたが、なんというか、非常に“取るに足らない”人生を送った若い頃の私だと思っています。

この前半の人生で得た宝は“本心で話せる友人達”と、自分の中のフラストレーションの謎を解き明かすために興味を持った“心理学”といったところでしょうか(笑)

それ以外は全体的に非常に『うんこ』な私でした。

ある時行った占いで、占い師に「大器晩成型です。」と言われたのを覚えています。
私はそれを聞いて『ああ、良かった、こんなうんこな私でも後半は大成すんのか!』と喜びました(笑)
・・それくらい自分の人間性も、生き方も、状況も、全部全部“うんこ”だと思っていました。

そして、そんな私だからこそ選んだのが、私に対してかなり厳しい類の意見を言う旦那さんのような人だったのだと今では思います。

と、いうのも、私は自分に優しくしてくれる人とか褒めてくれるような人のことをなかなか信じられないようなところがありました。
なにしろ自分のことを『うんこ』だと思っているので、そのうんこを褒めるとか、もう嘘を言っているように胡散臭くしか聞こえないのです。
ちゃんと悪いところを指摘してくれたりちゃんと厳しいことを言う人、そういう人こそが正直な人で、
その人に言われたことを、言われた通りに直したりすることで私は自分がどんどん『良くなる』という風に思っていたのだと思います。

とにかく私は言われたことをいつでもどんなことでも一生懸命に頑張りました。
『悪い』自分が『良く』なるために。
そして人が私から離れていかないように。
捨てられないように。

・・ずっとずっと、私の中にはそれがあったように思います。
小さい頃からずっとです。。

きっと私のそんな根っこの部分が、母と同じように自分に対して厳しい物言いをするタイプの旦那さんを選んだのだと思います。(価値観は例によって母と旦那さんは全く違いましたが;)

しかし、母にとっては「私の娘に対してなんて生意気な口を利く男なんだ!」となり、怒り心頭だったようです。
・・というか旦那さんの私に対する態度を見て、自分の態度が重なることは母にはなかったのでしょうか。
いえ、むしろよくよく考えると母の言葉の方がよりキツく、威圧的で酷いものは多かったと私は思いますが・・
「親である私は言っていいけど、旦那はダメ!」みたいなことなのでしょうか?
・・たぶんそうです。だって、そう言っていました(笑)

他人は許されなくても、親子でなら何でも言っていい。
・・そんな考えはただの『甘え』だと今では思っています。
他人に言われようが、親に言われようが、嫌なことは嫌ですし、傷つく言葉は傷つきます。
言っていいこと悪いことはあります。
肉親だから許される、なんてのは『言う方』のただの思い込みでしかありません。

自分以外の他者は他者です。
例え親子でも、誰でも、他者のことは『一人の人』として尊重しなければならないと、今では強く思っています。

今では私も2人の子供の親ですが、
私は自分の子供を自分の所有物だとか自分の一部のように思ったことはありません。
それゆえ、自分と自分の子供の『違い』がはっきりと分かり、いつも驚かされます。
親子であっても性格や感じ方などはほんとうに違います。
好きなものもこんなに違うとは(笑)

特に上の女の子なんか、私がやりたくてしょうがなかったピアノやバレエを見せても見向きもしません(笑)
元から持っているものって・・・あるんですね・・(シミジミ)

さて、一通り私の経験や生い立ちを書いて来たので、今後は『毒親』や『子育て』や『人生の気づき』等について思う事や学んだ事などを徒然に書いていこうと思います。

・・今までの経験からも学んだことはたくさんありますが、まだまだ今でも日々起こるいろんな出来事からいろんなことに気付かされ、反省し続けている毎日です(笑)

最近思います、、
“一難去ってまた一難。人生って一生学びなのかな~”って(笑)

進んで、つまづいて、転んで、気付いて、反省して・・
そして学んで成長して、そしたらまた壁にぶち当たって・・・それの繰り返し・・。
でもそれでもめげず腐らず歩き続けて、それで少しずつ『うんこ』から脱出して・・
結果どこまで行けるかなんてわかんないけど、そんな感じで精一杯毎日を、行けるところまで頑張って行ければそれでいいのかなぁ・・とか。
うん、なんかその“成長過程”そのものが人としての人生の醍醐味であり“喜び”ってもんな気もする・・なんて思ったりもするのです。(笑)

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